WiFi運用という生き方

なんとなく思いついてしまったのでこのタイトルにしましたが、そんなに大仰な話ではありません。スマホを、普通に携帯電話として契約(=スマホ本体にSIMを刺して使用)ではなく、回線契約なしスマホ+モバイルWiFiルータという構成で使用するというお話です。それと+α。

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このメリットとしては、

  • 回線契約一本で複数のスマホやPC、ゲーム機などをネットに接続できる
  • SIMフリーのモバイルWiFiルータは格安で手に入る(秋葉原では3000円くらいから)
  • 契約が終わったSIMフリーでないスマホを活用できる

などがあると思います。デメリットとしては、

  • ネットを常時接続にしておくことは難しい(ルータの電池の問題)ため、ネットを使用したいときのみONにする必要がある
  • 常に2台を充電・持ち歩きしなければならない
  • 電話は不可能(ただし050plusなどを活用し通話や元の携帯番号での受信が可能な方法はあり)

などがあると思います。現状ではまだ自分も完全にWiFi運用には踏み切れていません。

メリット・デメリットを合わせて考えると、電話が多い人、連絡に常に緊急対応する必要がある人にはおそらく向きません。向いていると思うのは、電話が少なく、自分のタイミングでメッセージやメールをチェックするような人、あるいは何が何でも通信料を安く済ませたい格安運用派な人です。

通信料に関しては、前述のとおりルータ本体は3000円くらいでSIMフリーのものが手に入り、それで月額980円くらいのMVNO(格安SIM)を利用することが可能のため、めちゃくちゃ安い運用が可能となります。例えば次のようなものですね。

それで、そろそろ、なぜ記事タイトルに「生き方」と入れたのかということです。それは、このようにWiFi運用とすることは、実はネットワークというそのものとの付き合い方が大きく変わることだと思うからです。そして、それは現代においては他人との付き合い方や、仕事の仕方にさえ関わってくることだと思うからです。

WiFi運用とすることで、ネットワークはそれまでのつながっていて当然のものから、接続するためにスイッチを入れる必要のあるものに変わります。今まで空気のような存在だったものが、自分から能動的に「使用」する必要のある「道具」になるわけです。

まあ、あくまで意識の上での問題です。携帯電話自体道具にすぎないといえばそうですが、使用にワンステップ必要になることで、ネットワークを「使用」するものであるということが実感できるようになります。さらにMVNOで月額2GBなどという制限があれば、どれくらい使ったかにも意識がいくためなおのことです。

まあ当然、それでは困る、と思う人が大勢いるとは思います。

ただ、僕が思うのは現在の、メッセージ即応、何でもかんでも即Google・Wikipedia、というコミュニケーションスタイルが本質的に良いものなのだろうかということです。

人間の能力には限界があります。ある程度以上に速い速度でものを考えられるわけはありません。ネットワークが速いからと言ってメッセージには考える前に即応、会話では考えたり議論する前にGoogle・Wikipediaという条件反射的なコミュニケーションスタイルで、本当にその人独自の「価値」が生まれるのでしょうか。僕はそのあたりには現在、非常に疑問を持っています。

もちろん、自分なりの熟考、結論・行動が速くできるのが良いことであるのに変わりはありません。当然、速いアウトプットは良いことだし、今は尚のこと必要とされていると思います。しかし、中身がない(中身があるようには見える)状態でのアウトプットだとしたらそれはどれほどの意味があるのか―。

そういう意味で、スマホをWiFi運用とすることには、実は隠れた意味合いが多くあって、ネットワークとの付き合い方を見直すよい機会にもなるのではないかと考えたわけです。

まあ、そんな余計なことを考えた春時雨[2月の季語。Wikipediaより]の一日だったというわけです。

それではまたー。

「WiFi運用という生き方」への1件のフィードバック

  1. 自分もWi-Fi運用しています。ルーターはWiMAX2+を使っております。自分は、この先Wi-Fi運用でしかしないようにしました。

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